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1:ベーチェットとは
口腔粘膜のアフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状の4つの症状を主症状とする慢性再発性の全身性疾患です。
自己免疫疾患で、その本体は血管炎であると考えられています。

MSDマニュアル 「Behcet病」 から引用
2:原因
病因は不明です。
しかし何らかの内因(遺伝素因)に外因(感染病原体やそのほかの環境因子)が加わり、白血球の機能が過剰となって、
炎症を引き起こすと考えらえています。
(1)内因
白血球の血液型ともいえるヒトの組織適合性抗原である ヒト白血球抗原 (HLA)の中のHLA-B51というタイプで、
健常者に比べ、その比率がはるかに高いことがわかっています。
そのほか、日本人ではHLA-A26も多いタイプです。
シルクロード沿に患者が多いことから、環境因子が原因となっている可能性もありますが、
シルクロード沿いでは非常に交流が活発だったことから、ある特定の遺伝因子がシルクロード沿いに伝播
されて行ったという可能性もあります。
(2)外因
虫歯菌を含む細菌やウイルスなどの微生物の関与が想定されてきました。
ベーチェット病の遺伝素因を持った人に、これらの微生物が侵入すると異常な免疫反応が炎症を引き起こし、
結果としてベーチェット病の発症に至るという考えが有力です。
扁桃炎を契機に発症する例があり、口腔アフタを生ずる例ではストレプトコッカス・サングイニスと呼ばれる
グラム陽性球菌の関連が示唆されています。
連鎖球菌 Streptococcus sanguinis
3:疫学
この疾患の特定疾患医療受給者数は19,147人です(2013年)。
日本では北海道、東北に多く、北高南低の分布を示します。
世界的にみると、日本をはじめ、韓国、中国、中近東、地中海沿岸諸国に多く見られ、シルクロード病とも呼ばれて
います。
シルクロード沿いの地中海、中近東 東南アジアに多い。
発症に明らかな男女差はありません。
しかし、男性の方が重症化しやすく、内臓病変、特に神経病変や血管病変の頻度は女性に比べ高頻度です。
眼病変も男性に多く、特に若年発症の場合は、重症化し失明に至る例もみられます。
発病年齢は男女とも20〜40歳に多く、30歳前半にピークを示します。
4:症状
(1)主症状:本症に特徴的とされる症状で、疾患の初期に起こり、しばしば寛解・再燃を繰り返します。
@眼症状
日本では、ぶどう膜炎をおこす代表的疾患の一つです。
患者は突然視力がなくなったり、また改善したりということを直接的に自覚する。
ぶどう膜炎があまりに激しいと、肉眼で前眼房にたまる膿を視認できるといいます。

A口腔粘膜症状
有痛性の口内炎(全身性エリテマトーデスの無痛性口内炎と対照的)が特徴ですが、一般的な原因による
アフタ性口内炎との鑑別は容易ではありません。
ほぼ全ての患者に口内炎が出現します。

B外陰部症状
外陰部、つまり陰茎や陰嚢、大陰唇、小陰唇などに潰瘍が出現します。
これは特徴的で、しばしば患者が自らの病気を自覚するきっかけになったり、診断のきっかけとなります。
C皮膚症状
結節性紅斑、血栓性静脈炎、毛嚢炎様皮疹が合併します。
結節性紅斑はしばしば病勢と一致して増悪、寛解を繰り返します。
また、皮膚の過敏性がきわめて亢進しているのは本症に特徴的であり、しばしば髭剃り後に顔が真っ赤にはれる
というような訴えがあります。
また、医療機関に受診し採血した後、針をさした部位が真っ赤に腫れ上がる事があります(針反応)。
(2)副症状:後期に起こる症状で、生命予後に影響するのはこちらの症状です。
あまり自然に寛解することはなく、積極的な治療を必要とします。
副症状はベーチェット病の発症から4年から5年経過して出現するのが一般的です。
@関節症状
非びらん性、非対称性の関節炎を来たし、多発関節炎というより単関節炎で現れることが多い。
それは関節リウマチとも全身性エリテマトーデスとも似ていません。
A副睾丸炎
頻度が高く、特徴的症状として挙げられています。
男性患者の約1割弱にみられます。
睾丸部の圧痛と腫脹を伴います。
B消化器病変
炎症性腸疾患とみまごう様な粘血便、水様性下痢、激しい腹痛、大腸潰瘍をきたします。
病変は回盲部に多いことが知られています。
C血管病変
静脈病変が多く、深部静脈血栓症やバッド・キアリ症候群の原因となることがあります。
動脈病変はそれより少ないが劇的な臨床像とともによくしられており、大動脈炎をおこしたり、肺動脈炎から
大量喀血をきたすことがある。
血管病変に伴う脳血管障害や心筋梗塞も報告されています。
*バッド・キアリ症候群
肝臓から流れ出る血液を運ぶ肝静脈か、あるいはその先の心臓へと連なっている肝部下大静脈の閉塞
ないしは狭窄によって、肝臓から出る血液の流れが悪くなり、門脈の圧が上昇し、門脈圧亢進症等の症状
を示す疾患をいいます。
*門脈圧亢進症
門脈の圧が上昇し、食道静脈瘤が発生したり、脾臓の腫大、貧血等の症状を呈する疾患のことです。
D神経病変
ベーチェット病発症から神経症状発現まで平均6.5年といわれています。
脳神経の巣症状、髄膜炎から精神症状、末梢神経障害まで様々な病変がおき、多彩な症状を起こします。
一方血管病変が原因と思われる脳血管障害により、麻痺や感覚障害もおこることがあります。
(3)その他の症状:特定疾患認定の基準に使われないものとして、そのほか下記のような症状が知られています。
@心病変
血管病変としての虚血性心疾患以外でも、心外膜炎や伝導障害が報告されている。
A肺病変
肺病変の合併は(膠原病関連としては珍しく)まれです。
血管病変としての肺血栓塞栓症や肺動脈炎がまれにおこることがあります。
B腎病変
腎病変の合併は(これも膠原病関連としては珍しく)まれであります。
しかしそれでも蛋白尿をおこしたり、糸球体腎炎、半月体形成に至るものもあります。
Cアミロイドーシス
慢性の炎症性疾患の常として、おこることがあります。
*アミロイドーシス
アミロイドと呼ばれるナイロンに似た線維状の異常蛋白質が全身の様々な臓器に沈着し、機能障害を
おこす病気の総称です。
複数の臓器にアミロイドが沈着する全身性のもの(全身性アミロイドーシス)と、ある臓器に限局して
アミロイドが沈着する限局性のもの(限局性アミロイドーシス)に分けられます。
アルツハイマー病、脳アミロイドアンギオパチー、プリオン病などが代表的です。
D難聴
進行性の難聴を呈する事もあります。
5:診断
診断は症状と身体診察の結果に基づいて下されます。
ベーチェット病を確定できる臨床検査はありません。
口の潰瘍が1年間に3回起こり、以下のうち2つがみられる患者、特に若い成人で、この病気が疑われます。
1)繰り返し起こる陰部の潰瘍
2)特徴的な眼の問題
3)皮膚の下の隆起、にきび、または潰瘍のように見える皮膚の病変
4)わずかな外傷によって引き起こされる皮膚の隆起または水疱
完全型ベーチェット病
目、口、皮膚、外陰部の四主症状すべてがそろったものです。、
不全型ベーチェット病
主症状のうち3つ、
または主症状2つ+副症状のうち2つ、
または眼病変を含む主症状2つと副症状2つを示したものです。
特殊型ベーチェット病
完全型の所見がそろわなくとも、強い腸症状・血管炎症状・神経症状を示し明らかにベーチェット病が原因で
あると考えられるものを、それぞれ腸管ベーチェット、血管ベーチェット、神経ベーチェットと称します。
これら特殊型ベーチェット病は予後が悪いことが知られています。
6:治療
ベーチェット病の病状は非常に多様ですので、すべての病状に対応できる単一の治療があるわけではありません。
個々の病状や重症度に応じて治療方針を立てる必要があります。
(1)眼症状
虹彩毛様体など前眼部に病変がとどまる場合は、発作時に副腎皮質ステロイド点眼薬と虹彩癒着防止のため
散瞳薬を用います。
視力予後に直接関わる網膜 脈絡膜炎では、発作時にはステロイド薬の局所および全身投与で対処します。
さらに積極的に発作予防する必要があり、その目的でコルヒチンやシクロスポリンを使用します。
2007年1月、インフリキシマブ(抗腫瘍 壊死 因子(TNF)抗体)が難治性眼病変に対し 保険適用となり、
従来の治療薬にない素晴らしい効果を示しており、市販後調査での有効率は90%にものぼり、多くの患者
さんで視力の改善が見られています。
(2)皮膚粘膜症状
口腔内アフタ性潰瘍、陰部潰瘍には副腎ステロイド軟膏の局所塗布が効くことが多くあります。
口腔ケアや局所を清潔に保つことも重要です。
内服薬としてコルヒチン、セファランチン、エイコサペンタエン酸などが効果を示すことがあります。
*コルヒチン=痛風治療薬で、イヌサフランという植物の種子の成分です。
(3)関節炎
コルヒチンが有効とされ、 対症的には消炎鎮痛薬を使用します。
(4)血管病変
副腎皮質ステロイド薬とアザチオプリン、シクロホスファミド、シクロスポリンAなどの免疫抑制薬が主体です。
また、我国では深部静脈血栓症をはじめ血管病変に対しては抗凝固療法を併用することが多いのですが、
諸外国ではこれに異論を唱える研究者もいます。
動脈瘤破裂による出血は緊急手術の適応ですが、血管の手術後に縫合部の仮性動脈瘤の形成などの
病変再発率が高く、可能な限り保存的に対処すべきとの意見もあります。
(5)腸管病変
副腎皮質ステロイド薬、サラゾスルファピリジン、メサラジン、アザチオプリンなどを使用します。
難治性であることも少なくありませんが、2013年、ヒト型抗TNF抗体であるアダリムマブの使用が保険上認可
され、今後の成績の向上が期待されます。
消化管出血、穿孔は手術を要しますが、再発率も高く、術後の免疫抑制剤療法も重要です。
(6)中枢神経病変
脳幹脳炎、髄膜炎などの急性期炎症にはステロイドパルス療法を含む大量の副腎皮質ステロイド薬が使用
されます。
アザチオプリン、メソトレキサート、シクロホスファミドなどの免疫抑制薬を併用することもあります。
精神症状、人格変化などが主体とした慢性進行型に有効な治療手段は乏しいのですが、メソトレキセートを
週一回投与の有効性が報告されています。
眼病変に使われるシクロスポリンは禁忌とされ、神経症状の出現をみたら中止すべきです。
7:予後
眼症状や特殊病型が認められない場合は、慢性的に繰り返し症状が出現するものの一般的に予後は悪くありません。
眼症状のある場合、特に眼底型の網膜ぶどう膜炎がある場合の視力の予後は悪く、かつては眼症状発現後2年で
視力0.1以下になる率は約40%とされてきました。
この数字は1990年代のシクロスポリン導入以後、20%程度にまで改善してきました。
さらにインフリキシマブの登場により、有効率は90%にものぼります。
中枢神経病変、血管病変、腸管病変等の特殊型ベーチェット病はいろいろな後遺症を残すことがあります。
腸管型に続き、中枢神経病変、血管病変の病型にもTNF阻害薬の保険適応や治験が進行していますので、
今後の治療成績の向上が期待されます。
主症状に関しては、寛解・再燃を繰り返す事が多く、10年くらいたつと病気の勢いは下り坂となります。
20年くらいをこえるとほぼ再燃しないと言われています。
ただし眼病変については、治療が遅れるなどすると失明することもあり、若年者の失明の重大な原因の一つです。
副症状、特にそれを主な病態とする特殊型ベーチェット病においては死亡する事もあります。
8:日常生活での注意
全身の休養と保温に気をつけ、ストレスの軽減に努める。
歯磨きなどで口腔内の衛生に留意し、齲歯、歯肉炎の治療も重要である。
また、喫煙は病気の悪化因子ともなるので禁煙に努める。
食事については、特に禁忌や推奨するものはないが、バランスのとれた食事とする。
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