標準予防策 (Standard Precaution) |
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1:標準予防策とは
(1)標準予防策の概念
標準予防策は全ての患者に対して行われる基本的な感染対策です。
感染症の有無に関わらず、すべての人の
1.血液
2.汗を除く全ての体液、分泌物、排泄物
3.傷のある皮膚
4.粘膜
を感染の可能性があるものとして、 これらとの直接接触及び付着した物との接触が予想される時に防護用具を用い、
自分自身を防御し同時に拡散を防止することを基本概念としています。
(2)標準予防策の姿勢
すべての人は伝播する病原体を保有していると考えます。
患者および周囲の環境に接触する前後には手指衛生を行います
血液・体液・粘膜などに曝露するおそれのあるときは個人防護具を用います。
2:標準予防策の実際
(1)手指衛生
すべての医療行為の基本となり、感染防止に対して一番大きな役割を果たすのが手洗いである。
適切に行うことで、院内感染を減少させることができる。
@目に見えて汚れた場合
流水と石けんを用いて洗います。
石鹸で15 秒間+ 流水で15 秒間以上洗います。
A目に見えて汚れていない場合
アルコール擦式手指消毒剤を使用します。
速乾性擦り込み式アルコール製剤 1 プッシュ(3ml)を用いて 5 秒間以上、手指をこすります。
B手洗い前の注意
袖をまくる。
時計や指輪をはずす。
爪を切っておく。
C手洗い後の注意点
水道の閉栓は直接手で行わない。
ペーパータオルで閉栓する。
すすぎは十分に行う。
手は十分に乾燥させる。
手洗い後に顔や髪に触れない。
(2)個人防護用具(PPE:Personal Protective Equipment )の着用
@PPEの種類
手袋、マスク、ゴーグル、フェイスシールド、ガウン・エプロン

A個人防護用具の汚染部位と外す順序
1)着用順序
手袋を最後に着用し、できる限り清潔な手袋で処置を行うようにします。
エプロン・ガウン→マスク→ゴーグル・フェイスシールド→手袋
2)はずす順序
最も汚染していると考えられる手袋からはずします。
手袋をはずす際に手指が汚染した場合は、手指衛生を追加して次の防護具をはずします。
手袋→ゴーグル・フェイスシールド→エプロン・ガウン→マスク

(3)呼吸器衛生/咳エチケット
@呼吸器衛生とは
飛沫や接触により伝播する微生物の伝播を 患者および医療者自身が防止するための対策です。
呼吸器感染症の伝播を予防するためには、診断がついていない感染症の 患者と最初に接触する場所
(外来・救急外来等)での感染対策が必要になります。
気道分泌物を封じ込める方法が呼吸器感染症の症状・徴候のあるすべての人に推奨されます。
病院内において症状がある患者および面会者への指導、医療従事者の実践が必要です。
A実施方法
咳やくしゃみをするときは、口や鼻を覆います。
呼吸器分泌物を含んだ使用済みのティッシュは容器に捨てます。
使用済みのティッシュを捨てる容器はペダル式のごみ箱か、開放式の ごみ箱を使用します。
咳やくしゃみの後、手指に気道分泌物が付着した場合は手指衛生を実施します。
呼吸器症状がある場合はマスクを装着します。
(4)患者配置
@病室配置
感染性物質を大量に拡散する患者、感染対策への協力を得ることが難しい患者は個室に収容します。
個室収容が難しい場合は、コホート隔離(集団隔離)します。
以下の患者については、個室収容、コホート隔離の必要性を検討します。
大量の感染性物質を拡散する患者
強い病原性微生物に感染した可能性のある患者
易感染者で感染リスクが高い患者
耐性菌の拡散リスクが高い患者
多剤耐性菌が検出された患者(保菌者も含む)
病院感染対策への協力が得られない患者(乳児、小児、病的心理状態の患者など)
A患者移動
感染性物質を大量に拡散する患者等で個室に収容した患者およびコホート隔離を行った患者の移動は最小限にし、
患者の移動時は感染性物質の拡散を最小限にするように排出部位を覆います。
喀痰から感染性物質を排出している場合は患者にマスクを装着します。
創部から排出している場合は、創部の被覆を行います。

(5)使用済み器具の処理
@基本方針
患者に使用した医療器具および機器は、機器・機材の種類、用途に応じ適切に処理(洗浄・消毒・滅菌)を
行わなければなりません。
血液、体液、分泌物、排泄物などで汚染した使用済み器材は、手袋・ガウン・マスク・ゴーグル等を着用して洗浄
します。
使い捨て物品は、そのまま廃棄します。

Aスポルディングの分類
患者に使用した物品は、使用用途によってその処理方法はスポルディングの分類に基づいて、
洗浄、消毒(低水準・中水準・高水準)、滅菌に分類されます。

B洗浄
対象物から有機物や汚れを物理的に除去することを目的としており、洗浄剤と水を使用して実施されます。
洗浄により器材表面の付着細菌を減少させる効果もあります。
洗浄は再処理過程において最も重要な過程ですが、医療者の曝露のリスクが高く、血液・体液曝露対策が
求められます。
C消毒
細菌芽胞を除くすべての、あるいは多数の病原微生物を除去することで、 生存している微生物を減少させる
ことを目的としています。
消毒における注意点は、消毒薬の効力を理解して消毒薬と消毒法を選択する必要があり、消毒対象物の材質、
構造などに適した消毒薬と消毒法を選択する事です。
また、適切 に濃度、温度、時間を管理する必要があります。
D滅菌
すべての微生物を殺滅・除去することを目的としています。
滅菌は確率的な概念であり、滅菌物に1個の微生物が残る確率が100 万分の1であることを目的としています。
Eバイオハザードマーク
バイオハザードマークは、感染性廃棄物であることを示す全国共通の記号です。
色によって内容物の大まかな種類も識別可能です。

(6)環境の管理
@環境の消毒について
病棟、外来および手術室のいずれにおいても、日常的に手が触れない床や壁などに付着している細菌が、直接的に
病院感染に関与する可能性はほとんどありません。
消毒薬を用いて環境を消毒しても、一時的に菌量は減少するものの、人が存在すれば短時間のうちに元の菌量に
戻ります。
したがって、人間の手が日常的に触れる環境表面を除いては、環境を消毒する意義はほとんどないと考えられます。
A高頻度接触面の清掃
患者や職員がよく触れるドアノブやベッド柵などの高頻度接触面は、環境整備用除菌クロスを使用し、
一日一回以上清掃します。
B血液が付着した環境面(床、壁、ロールスクリーン)の清掃
少量の付着程度なら、環境整備用除菌クロスを使用し、拭き取ります。
中等量から大量に付いた血液は、手袋を着用しペーパータオルで拭き取った後に、その部位を
0.1%次亜塩素酸ナトリウム(泡ハイター)で清拭消毒します。
(7)安全な注射手技
@注射器、針等の取り扱い
注射器、針、点滴セットは単回使用とし、複数患者に対して使用はしない。
同じ注射器で針を交換しての複数患者への使用は行わない。
注射器具が汚染しないように無菌操作を行う。
A使用後の注意事項
リキャップをしない。
使用後の鋭利器材は原則、手渡ししない。
採血後等に鋭利器材を受け取る必要があるときは、目視後に受け取る。
(8)腰椎穿刺手技のための感染予防
脊柱管や硬膜外スペースにカテーテルを留置または注射をする際は、口腔菌叢の飛沫拡散を防ぐために
サージカルマスクを着用します。
サージカルマスクを使用する処置
脊髄に関わる処置---腰椎穿刺、硬膜外麻酔、脊髄麻酔
(9)針刺し・切創、皮膚・粘膜暴露予防
@針刺し事故防止
針の取り扱いの原則
1)針を持って歩かない。
2)針を人に向けない、手渡ししない。
3)針をリキャップしない。(どうしてもリキャップが求められるときは片手によるリキャップ法を用いる)
4)使用済みの針はその場で責任をもって使用者自身の手で感染性廃棄物容器に直ちに廃棄する。
または携帯用の針廃棄容器に廃棄するか現場に容器を持参し、直ちに廃棄する。
5)針を取り扱う場合は、できるだけ手袋を使用する。
6)注射の準備、施行、片づけをしている最中の人にはできるだけ声をかけない
7)鋭利な物を取り扱っているという意識を持つ
針刺し防止のポイント
1)処置に集中し、落ち着いて行う.周囲の人も集中できるように気を配る。
2)処置手順を省略せずに常に基本に忠実に行い、・処置に熟達し、安全な手技を身につける。
3)注射器は持ち替えない。
4)リキャップせず、使用後直ちに廃棄する.
5)針を持って移動しない、人に手渡さない、ポケットに入れない、ことを守る。
A針刺し事故後予防の実際
曝露事故発生後ただちに行うこと
曝露部位を大量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄します。
速やかに責任者と連絡を取り、予防内服に関する指示を仰ぎます。
責任者と連絡が取れない場合には、1回目の予防内服を事故者の判断で開始します。
補足−1
受傷部位から血液を絞りだそうとする試みや、曝露部位への消毒剤の使用などは、有効性が証明されておらず、
PEP(暴露後予防内服)開始までの貴重な時間を失うことになるため推奨されていません。
補足−2
HIVは、HBVやHCVと比較してその感染力は極めて弱く、針刺し事故において全く予防内服を行わなかった場合
でも、感染確率は0.3%程度です。
世界的にも職業的曝露によるHIV感染が確実である例は多くありません。
B針刺し切創への対応
1)患者の安全を確保し、処置を中止します。
処置を中止し、先ずは自分の身体を守る行動をします。
2)大量の流水下で洗います。
暴露部位を大量の流水と石鹸で洗います。
眼に入った場合、大量の流水で洗います。
血液絞り出しのエビデンスは有りません。
薬液(イソジン、アルコール)消毒のエビデンスも有りません。
3)患者さん(汚染源)へ採血依頼
感染症の有無を確認します。
4)血液検査の実施
可能ならば、30分以内に血液検査を行います。

5)内科対応
感染症の既往などがあれば、疾患別に対応する必要も有ります。
B型肝炎--48時間以内に抗HBsヒト免疫グロブリンを投与します。
C型肝炎--緊急処置は必要なく、事故当事者のHCV抗体検査のみ行います。
HIV-------直ちに抗HIV薬( 2〜3剤)の内服を行います。
3:PPEについて
(1)手袋
@手袋着用が必要な場面
採血など血液に触れる可能性がある時
腹水,胸水,髄液など体液に触れる可能性がある時
正常でない皮膚,粘膜に触れる可能性がある時
吸引時(気管,胃液など)
接触感染予防策患者(MRSAや多剤耐性緑膿菌など)の処置ケア時など
汚染物,汚染した環境,器材に触れる可能性のある場合
座薬等の挿入や排泄介助時
排泄物の処理時
使用後の医療器材の片付けや洗浄時など
A手袋着用が不適切な場面
血圧・体温・脈拍を測る時
入浴や着衣の介助時
患者搬送時
オンラインカルテの記入時
経口薬の配布時 ・食事の配膳や下膳時、など
(2)マスク、ゴーグル・フェイスシールド
@着用が必要な場合
目,鼻,口に血液,体液などが飛散する可能性のある処置やケアを行う場合に使用します
粘膜を保護するためサージカルマスクやゴーグルを着用します。
Aマスク、ゴーグルの着脱
サージカルマスクとゴーグルを外すときには,手で汚染面を触れないように注意します。
その後,手洗いまたは手指消毒を行う。
サージカル マスク
細菌(平均粒子係 4.0〜5.0μm)を含む粒子を除去する割合が 95%以上.
飛沫感染防止に使用する.
ろ過マスク(N95 微粒子用マスク)
1μm以下の粒子の捕集効率が 95%以上保証されたマスク。
空気感染防止に使用する。
詳細は、「マスクについて」へ
(3)ガウン、エプロン
@着用の目的 処置やケア中に、衣服や肌が血液、体液、分泌物、排泄物汚染することを防ぐ。
A着用方法
1)血液,体液,分泌物,排泄物などで衣服が汚染される可能性がある場合、撥水性で 非浸透性のガウン,または
エプロンを着用する
2)使用後は部屋のなかで脱ぎその場で廃棄する
3)汚染されたガウンは使用後,汚染された表面に素手で触れないように注意しながら 脱ぎ,その後手洗いまたは
手指消毒を行う。
詳細は、「医療用ガウン・エプロン」
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標準予防策と必要な器材 |
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「マスク」について 「マスクの選択」について
「ゴーグル」について 「ゴーグル」の選択
「フェイスシールド」 「フェイスシールド」の選択
「医療用手袋」 「医療用手袋」の選択
「医療用ガウン・エプロン」
「医療用ガウン・エプロン」の選択
「消毒薬類」について 「消毒薬の選択」について
「オゾン」について 「オゾン発生器の選択」について
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参考資料 |
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『The 標準予防策』
『7日間できらりマスター 標準予防策・経路別予防策と耐性菌対策』
『訪問看護師のための在宅感染予防テキスト』
『まずはこれだけ! まずはここから! 院内感染対策のススメ』
『感染対策ICTジャーナル Vol.16 No.1 2021: 特集:実践力を強化 標準予防策のトレンド』
『介護施設での感染対策レク&ケア 介護現場の職員全員で読みたい (レクリエブックス)』
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