医療的ケア児(Child in medical care) |
1:概念
(1)医療的ケア児とは
@医療的ケア児の定義
生活する中で、医療的ケアを必要とする子どものことを、医療的ケア児といいます。
厳密には以下の様に定義されています。
「医学の進歩を背景として、NICU等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、
たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと」
(2)医療的ケア児と法律
@改正児童福祉法(2016年 平成28年 第五十六条の六第二項)
2016年(平成28年)に児童福祉法が改正され、各省庁および地方自治体が医療的ケア児への支援の努力義務を
負うことになりました。
「地方公共団体は、人工呼吸器を装着している障害児その他の日常生活を営むために医療を要する状態にある障害児が、
その心身の状況に応じた適切な保健、医療、福祉その他の各関連分野の支援を受けられるよう、保健、医療、福祉
その他の各関連分野の支援を行う機関との連絡調整を行うための体制の整備に関し、必要な措置を講ずるように
努めなければならない」
A医療的ケア児支援法(2021年 令和3年)
医療的ケア児支援法の成立により、各省庁および地方自治体は、 医療的ケア児への支援に「責務」を負うことに
なりました。
責務規定とは、これまでの努力義務より強制力が働くものです。
(3)医療的ケア児と医療的ケア
@医療的ケア児
医療的ケア児は、歩ける子どもからから、寝たきりの重症心身障害児まで多彩です。
しかし、生きていくために日常的な医療的ケアと医療機器が必要な子ども達です。
A医療的ケア
気管切開部の管理、人工呼吸器の管理、吸引、在宅酸素療法
胃瘻・腸瘻・胃管からの経管栄養、中心静脈栄養等
導尿 など

(4)医療的ケア児(者)と重症心身障害児(者)
@重症心身障害児(者)
知的障害(学童以降では単語が話せないレベル)と、運動機能障害(寝たきりか座位まで)を併せ持つ状態をさして
います。
大島の分類で、 1〜4群を重症心身障害児としています。
IQ35未満(重度知的障害)、かつ歩けない障害児です。
A超重症心身障害児(者)
重症心身障害で、一定以上の医療的ケアを必要とする場合.
B医療的ケア児
先天性心疾患、気管・食道の先天異常、短腸症候群などの小児です。
立てる、歩ける、話せるものの、医療的ケアを必要とする場合が対象となります。
重症心身障害は無いが、医療的ケアが必要な小児(者) です。
2:疫学
(1)医療的ケア児の総数
全国の医療的ケア児は約2.0万人と推定されています。

3:医療的ケアについて
(1)医療的ケアとは
学校や在宅等で日常的に行われている、たんの吸引・経管栄養・気管切開部の衛生管理等の医行為を指します。
医師免許や看護師等の免許を持たない者は、医行為を反復継続する意思をもって行うことは出来ません。
しかし、平成24年度の制度改正により、看護師等の免許を有しない者も、医行為のうち、たんの吸引等の5つの特定行為
に限り、一定の条件の下で制度上実施できることとなりました。
@一定の条件とは
研修を修了していること。
都道府県知事に、認定特定行為業務従事者として認定された場合。
A5つの特定行為
口腔内の喀痰吸引
鼻腔内の喀痰吸引
気管カニューレ内の喀痰吸引
胃ろう又は腸ろうによる経管栄養
経鼻経管栄養
Bその他の医療的ケア
導尿、インスリン注射、その他医行為
(2)医行為とは
医師の医学的判断及び技術をもってするのではなければ人体に危害を及ぼし、または危害を及ぼすおそれのある行為。
医療関係の資格を保有しない者は行ってはいけない。
(3)歯科医師と医行為
原則として歯・歯周組織および口唇、頬粘膜、上下歯槽、硬口蓋、舌前3分の2、口腔底、軟口蓋、
顎骨(顎関節を含む)、唾液腺(耳下腺を除く)を加える部位の医行為は可能です。
医療的ケアの特定行為は可能です。
4:呼吸管理に関する医療的ケア
(1)気管切開とは
気管とその上部の皮膚を切開してその部分から気管にカニューレを挿入する気道確保の方法です。
気管切開をした上で人工呼吸器を使う場合もあります。。

(2)気管切開部の管理
@気切部の消毒
必要物品を準備します。
石鹸で手をきれいに洗います。
痰を吸引します。
気管カニューレを固定している固定用ひもまたはバンドは、著しい汚れがある場合ははずし交換します。
抜けないように気管カニューレをしっかり押さえながら、Yガーゼをはずします。
濡れガーゼ又はアルコール綿で気管切開部をきれいに拭きとります。
新しいYガーゼをあてます。
Yガーゼは切り込み部分と顎側をテープで固定します。

A気管内吸引
飲み込む力が弱い障害児はのどに唾液や痰がたまっても飲み込むことが出来ません。
それで痰を詰まらせ呼吸困難になる恐れがあります。
そのため、電動吸引機で頻繁に取り出す必要があります。
吸引するためのチューブは、鼻や口から注入します。
気管切開している場合は、のどの気管カニューレに挿入します。
鼻腔→口腔→カフ上部→気管の順に気管吸引を行います。
口腔・カフ上部と、気管の吸引カテーテルは分けて使用します。
吸引圧を 100〜200mmHg に設定します。
1回の吸引時間は最大でも10〜15 秒以内とし、できるだけ短時間で行います。
気管チューブから吸引カテーテルの先端が1〜2cm出る程度の長さとします。

B気管カニューレ
気管切開後に切開部から気管内に挿入するものを気管カニューレといいます。
気管切開後の気道確保、気道分泌物の吸引などのために使用します。

C気管カニューレの交換
1:石鹸で手を洗う
2:カフ付気管カニューレの場合、交換前にカフに空気を入れて膨らむか、破損がないか確認する。
確認した後は空気を抜いておく。
3:必要物品を用意し、手の届きやすい場所に置く。
4:首の後ろにバスタオルなどを置き、首を軽くそらして体位を整える
5:Y字ガーゼを取り除く 6:固定紐またはカニューレホルダーを外す
7:気管カニューレの翼の部分を持って気管カニューレを静かに抜く.
8:気管カニューレの翼の部分を持ち新しい気管カニューレをゆっくり挿入する
カフ付きの場合は、挿入後カフの空気を入れる
9:固定紐またはソフトネックホルダーを気管カニューレの片側に通し、首の後から回し、反対側にも取り付ける
10:頸と気管カニューレの間にY字ガーゼを挟む。
11:交換が終わったら、児の顔色や呼吸の様子を観察する.
補足:合併症---腕頭動脈瘻からの出血
1)腕頭動脈とは
大動脈弓から最初に分枝し、右の胸鎖関節の後ろで右腕への右鎖骨下動脈と、頭への右総頚動脈に2分枝するまでの
血管です。
腕(右鎖骨下動脈)と頭(右総頚動脈)へと繋ぐ動脈であることから、この名前が付いたとされます。

2)気管腕頭動脈瘻とは
胸郭扁平化を起こすと、腕頭動脈とカニューレに挟まれた気管前壁が、胸骨と椎骨の間で逃げ道を無くして長期の
動脈拍動で圧迫されて穿破する事があります。
腕頭動脈瘻の発生は0.7%位との報告があります。
出血による死亡率は40%、手術時死亡率は55.6% とされています。(Glman.1994、Jones.1976)

5:栄養管理に関する医療的ケア
(1)人工栄養とは
口から栄養がとれないとき、注射・点滴・浣腸などによって人工的に栄養を補給することです。

@経管栄養とは
消化機能は十分であるものの、何らかの理由によって経口摂取が不可能である場合に施行される方法です。
1)経鼻経管栄養---鼻の穴から食道や胃にチューブを通す方法(6週間未満).
2)胃瘻---胃に穴を開ける方法.
3)腸瘻---腸に穴を開ける方法.

A経静脈栄養とは
静脈の血管に栄養を投与する方法です。
消化管機能が低下もしくは機能していない場合でも栄養を摂取することが出来ます。
ただし、感染症や合併症などを起こしやすく、在宅では介護者の負担が大きくなります。
(2)各種の栄養管理
@経鼻栄養
1)経鼻栄養とは
鼻の穴からチューブを通して体内に栄養を注入する.
短期間で嚥下障害が治りそうな患者に向いている.
装着時には不快感や苦痛を伴うことがある.
2)留置時の注意事項
確実に胃内に留置されて居る必要が有ります。
肺内に入ってしまうと致死的になります。
空気を注して胃泡音を確認します。
胃内容物を吸引して確認します。
可能ならX腺撮影をして胃内に留置されていることを確認します。

A胃瘻(PEG=Percutaneous Endoscopic Gastrostomy : 経皮内視鏡的胃瘻造設術)
直接胃に栄養を入れる栄養投与の方法です。
口から食事のとれない、食べてもむせ込んで肺炎などを起こしやすい方に適応されます。
胃ろうは、長期栄養管理法で、鼻からのチューブなどに比べ、患者さんの苦痛や介護者の負担が少ない方法です。
喉などにチューブがないため、口から食べるリハビリや言語訓練が行いやすいというメリットがあります。

B腸瘻
胃切除等が為されており、胃ろうができない人を対象とした方法です。
胃ろうに比べて、栄養剤が逆流する可能性が低いというメリットもあります。

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医療的ケア児と歯科医療 |
(1)口腔内の特徴
@感覚過敏
生命の維持が最優先となり、口唇や口内の刺激を受けることが少ない.
触られることに慣れず、感覚過敏が残ったままの事が多い.
A歯列不正
口唇や舌の筋肉の未発達、筋肉の緊張により、歯列不正が多い.
B口腔乾燥症
摂食嚥下障害があると唾液の減少が生じる.
歯列不正や開口による口内の乾燥も認められる.
抗てんかん薬、向精神薬の服用は口内の乾燥を悪化させる.
Cう蝕・歯周病
感覚過敏、歯列不正、口腔乾燥などが重なると、う蝕・歯周病が発症しやすくなる.
(2)医療的ケア児と歯科医療
@望まれる歯科医療
口腔ケア
摂食機能療法
歯科治療
A現状
上記の要望に対する歯科医療は未だ十分な対応が行われていない.
B超重症児・医療的ケア児の歯科診療時のリスク
1)気管切開患児の気管腕頭動脈瘻
2)気管カニューレの抜管
3)分泌物の増加
4)在宅酸素療法への注意
5)心不全 (他、重症心身障害児のリスクを含む)
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参考資料 |
「気管腕頭動脈瘻に対し腕頭動脈離断術を施行した1例」 景山理恵他 日血外会誌 2016;25:185?188
「高度医療的ケア児の実態調査」 日本小児医療保健協議会重症心身障害児(者)在宅医療委員会報告
日本小児科学会雑誌122巻9 号1519〜1526(2018年)
「重症心身障害児における在宅歯科医療の現状」
日本障害者歯科学雑誌40巻:215-222(2019年)
「医療的ケア児に関する施策について」 難病・小児慢性特定疾病地域共生ワーキンググループ
厚生労働省 社会・援護局 令和元年10月1日
「医療的ケアが必要な障害児への支援に向けて」
厚生労働省 厚生労働省社会・援護局 平成29年10月16日
「学校における医療的ケアの必要な児童生徒等への対応について」
文部科学省初等中等教育局特別支援教育課
「医療的ケア児について」
春日井市地域支援協議会 平成30年11月26日
「特集:小児在宅医療の現状と展望」
医学のあゆみ Vol−266-3 2018
「長期人工呼吸管理下に気管腕頭動脈瘻からの急性出血で死亡した家族性ALS の1 例」 加藤、他
臨床神経学 48:60-62、2008
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